2012年08月
2012年08月07日
ミニ小説〜不動産屋の背信 第十七話 風雲急を告ぐ
ミニ小説 〜不動産屋の背信 第十七話 風雲急を告ぐ
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ミニ小説 〜不動産屋の背信 第十七話 風雲急を告ぐ
HSリアルティーの畑中は、今村との打合せを終えると直ぐに西京不動産販売の五十嵐あてに買付証明書をファクシミリで送信し、その日の夕刻、五十嵐あてに連絡をした。
「HSリアルティーの畑中と申しますが、桜新町1億2500万円の物件ご担当の五十嵐さんをお願します。」
しばらくすると、五十嵐が電話口に出てきた。
「もしもし、五十嵐と申します。」
「HSリアルティーの畑中と申します。先日、ご担当の桜新町は間もなくご契約予定だと伺ったのですが、弊社のお客様がどうしても自分の意思を売主様にお伝えしたいと仰るので、買付証明書を作成することに致しました。不躾ながら、先ほど五十嵐さんあてにファクシミリでお送りしたところです。」
「見ましたよ。買付証明書。いくら売主希望価格で買うといっても、あんな変な条件がついた買付証明書なんて、何の証明にもならないでしょう。こっちはもう契約間近なんですよ。今さら余計なことをしないでくれませんか。」
「仰る通りだと思います。でも、どうしても売主さんに気持ちを伝えたいというお客様のお心をご理解頂けないでしょうか。もちろん、契約に向けて御社がお手続きを進めている買主さんを最優先にして頂くことが大前提です。そういう内容の買付証明書とさせていただきました。御社で進めている買主さんが万一契約できない状況になった場合に、弊社のお客様にお声掛けいただければいいんです。売主さんや御社にとっては、万が一の場合の保険としてお考えいただけないかと思っているんです。」
「意味は判りましたけど、こんな奇異な書類、売主さんにお見せできないですよ。そう思いませんか?」
「確かに、買付証明と言いながら、様々な条件がついているのは奇異に映ると思います。でも、物件を見学させて頂けない以上、やむを得なかったんです。弊社のお客様は、外からこの物件を何度もご覧になるほど恋い焦がれています。その気持ちをご所有者様にお伝えすべく、直接お手紙を書こうともしていらっしゃいます。もちろん、契約間近のお相手さんがいらっしゃることを十分に理解していますので、御社で進めている取引を壊そうなんて思ってはいません。」
「直接手紙を出すですって!とんでもない。絶対にそんなことさせないでください。」
「もちろん、私だって、そんなことはしないように諭しているところです。それで今回、この買付証明書を出しましょうという話になったんです。とはいえ、弊社のお客様からすれば、売主さんや貴社に迷惑がかかる行為だとは全く思っていないんです。今いらっしゃる買主さんで進めて頂くことに何ら異議申し立てをするものでもありませんし、単に万が一の場合は声をかけてくださいねということを伝えるだけですから。ですから手紙を止められるかどうかは・・・」
「畑中さん、お宅のお客様はとんでもなく強引なやり方をされる人物ですね。ちょっと普通の属性の方ではないんじゃないかと疑ってしまいますよ。そういう方だとうちは絶対に受けられませんよ。」
「いえ、とんでもない。このお客様は東都海上火災の元役員ですよ。属性としてはピカピカですよ。」
五十嵐はしばらく黙っていたが、一言答えた。
「お話は判りました。しかし、このようなケースはまずないので、上司の判断を仰がせてください。」
畑中は、五十嵐が何を考えているか、ここまでのやりとりである程度読めていた。
もし、今進めている買主が、売主の希望する価格、あるいはそれに近い価格であれば、買付証明書を売主に見せることを拒否しないはずだ。
また、手紙は絶対に出させたくない、ということは、買付証明書を売主に見せるつもりがないことの証左だ。
ということは、かなり安い金額の買主で纏めようとしているか、まだ買主がいないということもありそうだ。
上司の判断を仰ぐといのは、本当かもしれないが、時間稼ぎという可能性もある。つまり、時間を稼いで、今進めている買主で契約させてしまうという方針かもしれない。
「是非、買付証明書を売主さんにお渡しいただけるようお取り計らいをお願します。」
そう畑中は返した。そして釘を刺すように付けくわえた。
「ただ、お手紙を止めるということは保証できませんので、万が一そのようになった場合はご容赦ください。」
※この作品はフィクションです。実際の人物、団体、事件、物件などには一切関係ありません。
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