2012年07月02日
ミニ小説 〜不動産屋の配信 第十四話 もうひとつの選択肢
ミニ小説 〜不動産屋の背信 第十四話 もうひとつの選択肢
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ミニ小説 〜不動産屋の背信 第十四話 もうひとつの選択肢
専任媒介契約を締結してから、4週間が経過したその日、五十嵐は藤川邸のリビングにいた。
藤川美樹と妹の菜々を前にして、約1ヶ月にわたる営業活動を報告するためだ。
五十嵐は、他愛のない話を早々に切り上げ、本題に入った。
「1億2500万円という金額は、一般のユーザーが買う価格を想定したものでしたが、約1ヶ月活動してみた結果、これに反応するユーザーは見つかりませんでした。恐らく、藤川様のご所有不動産にぴったり合う一般のユーザーは存在しない可能性が高いと思います。」
「もう少し頑張ってセールスすれば、見つかるんじゃないですか?」
菜々は五十嵐に切り返す。
「弊社グループのネットワークを使い、1ヶ月間セールスしても反応がないということは、これ以上時間をかけても結果は同じだと思います。」
「でも・・・、やってみなければわからないんじゃないかしら。」
姉の美樹が珍しく口を出す。
「確かにそうかもしれません。ただ、マーケットは非常に悪い状況にあります。ご存知のとおり、株価はかつてないほどに低迷しています。景気もよくありません。藤川様のご所有不動産のような高額物件を探す方は、大抵の場合、株式運用をやっていますので、被る含み損なども大きいことが多く、心理的にも弱気になるんです。だから時間をかければよいというものでもないんです。」
確かに、1億円を超える不動産を自宅用として購入するような人は、それなりの株式運用をしている人が多いだろう。最近の株価水準も低迷しているし、これが上昇するという環境にもないことを、美樹も菜々もよく知っていた。
しばらく3人の間には無言の空間が広がる。
その空間に一石を投じたのは五十嵐だった。
「建売業者に売ることも視野に入れませんか?」
「建売業者に売る?」
「はい。価格査定の際にも申し上げたと思いますが、一定期間の販売活動を経過しても一般のユーザーが見つからない場合には、建売業者などに売却することを検討していただくことになると・・・」
奈々は五十嵐のこの発言を覚えていた。自宅の周辺に30坪程度の一戸建てが多くなってきている中で、60坪弱の土地に50坪の中古建物が付いている物件が右から左に売れるわけがないということは、全く理解できないという話ではなかった。
そもそも美樹と奈々にとってこの家を売る目的は、姉の美樹の結婚を機に、姉妹二人には広すぎるこの家から離れ、新しい道に進むということだった。
少しでも手取り額が多いほうがいいに決まっているが、特に借入金があるわけでもないし、建売業者が適正な価格で買い取るというならば、下手に時間をかけても仕方ないのではないかと、奈々は思い始めていた。
とはいえ、叩き売りでは困る。無理に安売りする必要はない。
「建売業者さんに売ると、いくらくらいになるんですか?」
奈々は質問した。五十嵐は頭の中で計算をしているようだ。
一方の五十嵐は、既に地元の有力な建売業者である「みかどハウス」から8600万円、「栄建設」から9000万円の買付申込書を貰っていることを思い出しながら答えた。
「そうですね。恐らく8千万円台の半ば程度になってしまうと思います。」
「そんなに安くなってしまうの?」
美樹はため息交じりに吐露する。
奈々も同感だった。1億2500万円がいきなり8千万円台になってしまうのだ。
「8千万円台半ばと申し上げたのは、ざっと頭の中で計算した金額です。実際にこの界隈で積極的に開発している建売業者に聞いてみないことには、はっきりしたことは判りません。もし差し支えなければ、早速、彼らに聞いてみましょう。」
奈々は黙っている美樹と一瞬目を合わせ、五十嵐に言った。
「そうですね。売るか売らないかは別として、とりあえず聞くだけでも聞いてみてください。」
※この作品はフィクションです。実際の人物、団体、事件、物件などには一切関係ありません。
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