2012年10月02日
ミニ小説〜不動産屋の背信 第十九話 二者択一
ミニ小説 〜不動産屋の背信 第十九話 二者択一
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ミニ小説 〜不動産屋の背信 第十九話 二者択一
五十嵐は坪川課長との打合せを終えると、その日のうちに売主である藤川姉妹との面談の約束を取り付けた。
五十嵐が藤川邸の応接に腰かけ、姉妹に説明を始めた時には夜9時を回っていた。
「今日は突然申し訳ありませんでした。早急にご報告したいことが二点ありまして。」
「何かあったんですか?」
「まずは、前回のご面談時にお話した件です。建売業者が藤川様のご所有不動産どの程度で買えるかということをヒアリンングしてきました。」
「確か、8千万円台の半ばくらいと仰ってましたね。」
「はい。大抵の建売業者はその程度なら購入したいと言っていましたが、9千万円なら何とかなるというところが出てきました。大雄ホームという地元で最も力のある建売業者さんです。しかも、もうひと押しで価格を上乗せできそうな感じです。」
「最低でも9千万円台には乗せてもらいたわね。奈々。」と姉の美樹。
奈々としても、一般のユーザーが出てこない環境にあるなら、当初価格である1億2500万円に拘ることはできないことは解っていたし、9千万円台半ば程度になれば、売却してもよいのではないかと思い始めていた。
奈々は五十嵐に質問する。
「どの程度価格が上がりそうなんですか?」
「そうですね。200万円〜300万円程度なら可能だと思います。500万円まで上乗せしてもらえるかどうかは、やってみないと分りません。ただ、9500万円なら必ず売りますとお約束いただければ、ぐっと可能性は高まると思います。」
「悪い話じゃないわね。奈々。そう思わない?」
奈々は、美樹の言葉に対して一呼吸置いて考えた。確かに悪い話ではないだろう。無理して一般のユーザーを探したところで、いつまでたっても売れないというのでは意味がない。ただ、今すぐに判断すべきかどうかが判らなかった。しかも、今日は大事な話が二つあるというのだから。
「そうだね。お姉ちゃん。ちょっと考えてみたほうがいいかもしれないね。それで、もうひとつのお話っていうのは何なんですか?」
五十嵐は少々顔をこわばらせながら話をし始める。
「実は、よく判らない筋の業者から買付証明書が送られてきました。」
そう言って、HSリアルティーから送られてきた買付証明書の写しを姉妹に差し出した。
「えっ!?1億2500万円で買ってくれるんですか!このお話、私たちの希望通りじゃないですか!」
と美樹が興奮気味に声を上げる。
「よく見てください。いろいろ条件が付いてるんです。まず住宅診断を事前にしたいと言っています。診断した結果、問題があれば、売買金額を下げさせてもらいたいとも書いてあります。しかも、この買主はまだこちらの物件を見たこともない。そんな状態で希望価格通りで買うなんて判断を普通の人ができるとは思えないんです。しかも、この買主を連れてきたのはHSリアルティーという不動産業者で、どのような素性かよくわからない相手なんです。」
確かに、まだ建物すら見学していない状態で、こんな紙を出せるというのもおかしな話だし、住宅診断とやらで難癖をつけて値段を下げてくる可能性は極めて高いと奈々は思った。しかし、1億2500万円という金額がそこには書いてある以上、実際に会って話を聞いてみたいという衝動に駆られていた。
「藤川様、弊社としては、先にお話した大雄ホームをお勧めしたいと考えています。この買付証明の買主も不動産業者も素性が判りませんし、このような買付証明を出してくるということは、強引な方々である可能性があります。そういう相手と取引することは、西京としてお勧めしません。仮にこの買主と契約したとしても、売った後に建物のここに問題があったから直せというような文句をあれこれ付けてくることも考えられます。大雄ホームであれば、弊社との取引実績も多くありますし、買った後は一切文句を言わないという約束を契約条件にすることもできますから安心です。」
「なんだか怖いね。変な人だったら困るわ。。。」
美樹はいつものように心を右往左往させているようだ。
もちろん奈々も、こんな話を聞かされると、いくら希望価格で買ってもらえる可能性があるからと言って、この話に軽々しく飛び乗ることはできないと感じていた。
「五十嵐さん、HSリアルティーの方とはお話されたんですよね。どんな感じの方だったんですか?」
「電話だけなので何とも言えないです。ただ、かなり強引な感じでした。関わると面倒かもしれません。」
「ウェブサイトでHSリアルティーを調べてみました?」
「いえ、調べていません。ホームページを見たところで、何が判るということでもないと思いますので。」
奈々は五十嵐の話を聞くと手元のスマホを取り、グーグルでHSリアルティーを検索してみた。
画面にごく一般的な不動産屋のホームページが現れる。企業概要に代表者のプロフィールがあり、そこには見たことがある文字が並んでいる。
1997年 京葉義塾大学経済学部卒、東都信託銀行入社。不動産部を経て、2011年 HSリアルティーを設立。
「お姉ちゃん、HSリアルティーの畑中って社長、東都信託銀行にいた人みたいよ。97年入社みたいだけど、知らない?」
「うーん、よくわからないわ。うちの不動産部門の人なら知ってると思うけど・・・」
「明日、会社で聞いてみてよ。そうすれば変な人かどうか解るじゃない。」
このやりとりを聞いていた五十嵐は慌てて言葉をはさむ。
「ちょっと待ってください。あまり時間がないんですよ。大雄ホームも、別の物件を検討しながら藤川様の不動産を検討して頂いていますので、早く回答をしないと折角の話がなくなってしまうかもしれないんです。9500万円なら売ると今ここで決めていただくくらいのスピード感でないと、どうなるか判りませんよ。」
奈々はすかさず切り返す。
「今ここで決めないといけないんですか? 明日の午前中、いや10時まででいいので待ってもらうことはできませんか?明日の10時なら、左程影響はないでしょう。もう既に夜10時を回ってるんだし、その建売業者さんだって、今この時間、五十嵐さんからの回答を待っているというわけではないでしょう?」
「まあそうですけれど。。。でも必ず10時にはどうするか決めてご連絡してください。それ以上は待てませんからね。お願しますよ。」
※この作品はフィクションです。実際の人物、団体、事件、物件などには一切関係ありません。
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